ブログ

プリエールプロデュース「霧島の花嫁」

プリエールプロデュース「霧島の花嫁」(作演出:水谷龍二)を赤坂レッドシアターで観てきました。

久しぶりに笑いました。話の作り方がうまい。そして役者の配置がいい!
出身は? 高校は? この話ほど盛り上がる話はない。しかも方言! そして校歌、応援歌!

舞監を古屋君(レスキュー)がやっていて、ひさしぶりに少し話ができた。本当に心の優しい人間だなあと改めて思う! また、板の上で一緒したいと思いました。

 

 

芝居が終わって仕事もなく、家事に専念しています。時間があるので新聞を隅から隅まで読んだり、テレビを観たり。上京してから53年くらいで初めてのような生活。自分があまりにも知らないことが多すぎてビックリしております。

芝居!メシ!芝居!メシ!と、知らないということ自体知らないで過ごしてきたので、今、すごく怖い気持ちです。

三田村

2015-08-25 | Posted in ブログNo Comments » 

 

オフィスコットーネ『人民の敵』

人民の敵一昨日、吉祥寺シアターにてオフィスコットーネ『人民の敵』を観てまいりました。

良質なお芝居で、何より出ている役者が全員、その人間として存在しているのが嬉しい。
あとひとつ、お芝居は「父との夏」のときも思ったが、“わかりやすい”ということはとても素晴らしいことだ。

しかし、この芝居には直裁で分かりやすすぎて、変にウン?と思う。

青山君もいい味、山本亨さんはキッチリ、塩野谷さんはそれ以外ではダメ、若松さん有薗君うまい!! 宮島君、彼にしか出せない!
しかし、一場が二場三場のためにあるのがちょっと気になる。

若い医師を担ぎたくなる小市民たちの新しい“知”に飢える姿を根底にしてほしかった!

 

昨日はさっちゃんの散歩に墓地に行ったら、安保法制撤回のデモが30分近く続いていた。50年ぶりに心が揺さぶられた!

瀬戸内寂聴さんも国会前にかけつけているのに!という忸怩たる思いの中、デモに手を振り続けた!!
舞台に立っていない日の役者は不安だ!

三田村

2015-08-24 | Posted in ブログNo Comments » 

 

「絶歌」

エミちゃんが、「絶歌」を読み終わり、ボクにも読んで感想を聞かせてくれと言われ、気が進まぬながら芝居が終わった後読み終わったものの、何とも割り切れぬ気持ちでおりましたが一応整理してみます。

本の出版は控えるべきだったと思いました。被害者の家族やその関係者らが皆生きているわけですから。
いかに反省しようが、人間性を取り戻そうが、そのこととは別のような気がしました。

彼が死への志向から切なる生の志向に向かい、生命の尊厳に目覚めたこと。そして、それはものを書くことによったことはわかりますが、それは売り物としての小説であってはならない気がしました。この事件のことを書くことしか今はできないのだとしたらまだです。表現(文学)として、このことの本質の先へ行ってからだと思います。

今はまだ自己正当化と、文学に目覚めた自分に酔っているようにボクには感じられました。ボクはやはり優れた人間の一人だと読んでいるように感じてしまいました。文章が技術的なところもです。生半可ですみません!

三田村

2015-08-23 | Posted in ブログNo Comments » 

 

「父との夏」再々演に向けて

父との夏先日の三田村組再始動の舞台のことですが、金銭面のことが大きく、再開はどうしたものやらと思っていたところ、サンモールスタジオの佐山泰三氏の「7月に1週間空いてるからやってみれば」の言葉に誘われ、スタッフのクラウドファンディング案に助けられ、何とか決行することができました。

しかし、何せ急なことで、美術の香坂奈奈ちゃんはドイツに行っているし、舞監も古屋さんと、清水さんが「る・ばる」の現場を抱えながら、しかも演出のいさをさんも半分くらいしか稽古に出られない…ということで、稽古場には、役者と制作の上田さんしかいなく、上田さんが制作の仕事の合間に不安そうにセリフの入らないボクの台本をめくっているという有様でした。毎日の稽古は音響の小沢さんが出してくれる音だけを頼りに続けました。

しかもそのうち、2日間は仕込みとゲネプロ。6日間で10ステージという強行軍!
終わって思ったことは、もっと長く、どんな生活スタイルのお客様も観に来ていただけるスケジュールでやらなければだめだということです。

三田村

2015-08-22 | Posted in ブログNo Comments » 

 

ハナちゃんのはなし

ハナちゃん

2015.3月ごろのハナちゃん

今月一日、猛暑の日中、我が家のメス猫“ハナちゃん”(24才!)が死去。
階段の横に寝ていて、起き上がろうとして、パタッと息が絶えた。

骨と皮だけ。おそらく700gくらいだったろう。この状態になってから実に一年。お腹の癌が少しずつ大きくなって、舐めては出血の繰り返しでしたが、とにかくすさまじい食欲。そして、水をよく飲みました。

普通の猫は一日の大半を寝て暮らすのですが、癌になってからのハナちゃんは、人間が起きてる間は寝ません。常に食い物を狙っていました。犬や猫の餌を皿に出しているとき、噛まれそうでコワッと思ったことが何度かありました。

死ぬ前日も、食事をしていると「よこせ、よこせ!」とあまりに鳴くので一口の肉を手にとってあげたら、指ごと噛まれ、今もその痕が痛いです。とにかく生命力の強さ、行きようとするすごさを、ボクはハナちゃんにものすごく教えられました。

24年前と言えば、1990年代。ちょうどボクが45〜50才、中村座をクビになり、MODEの絶頂期に入る頃で、西麻布に住み始めてまもなくの頃です。ハナちゃんは、MODE、星屑の会、三田村組。そして癌治療のすべてを一緒に過ごしたことになります。

本当に頑張ったね! ご苦労様です。ゆっくり休んでください。
尻くせも良く、病気もせずのハナちゃん。最後の1ヶ月だけは垂れ流しでしたが、充分でした!

猫の話のついでですが、本日、さっちゃんの散歩に墓地に行ったときのこと。ボクらが“ピカソ”と呼んでいる猫(もう15才くらい)が誇らしげに何かをくわえて出てきました。スズメの子どもでした。一応ほめてやりましたが、ピクピク動く子スズメかわいそうでその場を離れました。
野生で一匹(一人で)生きてゆくのは大変なのだなあと改めて思いました。

三田村

2015-08-21 | Posted in ブログNo Comments » 

 

戦後70年と「父との夏」

「父との夏」は、昭和20年の5月に志願して兵隊になった17才の“野川幸太郎”が、幸運にも生きて終戦を迎え、戦後60年を生きて“初めて”自分の息子に自分の戦争体験を語る話です。

芝居が終わって、この猛暑。ただひたすら自宅で戦後70年の記念番組やらドキュメンタリーやらを観ていました。

考えてみれば、この戦争で日本は同胞310万人を殺し、外国人2000万人を殺したわけですから、その一人一人に人生があり、家族があり、友人がいたのだから、どれだけ語っても検証してもしきれないドラマがあるわけです。その一つ一つがあまりにも悲惨だったりする度、今、生きている人には聞かせたくないと思い、死んでいった人たちがいかに多かったことか?

生きて語ること。そして、生きている年寄りには生きているうちに話を聞く大切さを改めて思いました。

アンケートにもたくさん書いてある「おじいちゃん(おばあちゃん、お父さん、お母さん)と、もっと話しておけば良かった」。あるいは「今日帰ったらおやじ(お母さん、おじいちゃん、おばあちゃん)と話をしてみたくなった」などの意見を、ボクも改めて感じている“戦後70年を迎えて”の日々です。

三田村

2015-08-17 | Posted in ブログNo Comments » 

 

1 12 13 14 15 16 17 18 19 20 103